仙人の祈り

名のない星

「ねえ、あれは何ていう星座?」
Aは大して興味もなさそうに、夜空に一際明るく輝く星を指差した。
「サソリ座のアンタレス。」
その声は何処にたどり着くわけでもなく、すぐに波の音に飲み込まれて消えていった。

「…じゃあれは?あの左上の。」
「左上?わし座のアルタイルのことですかね。夏の大三角形の一つです。」
断片的に続く星座クイズへの回答を続けていると、Aはようやく話し相手がいたことに気付いたようだ。

星空の海岸線「本当によく知ってるんだね。どこでそんなの憶えたの?」
「確かに…簡単ではないですよ。田舎育ちで、視力が良くて、なおかつ友達が少ない。この3つの条件が最低限必要ですから。」

こう答えると、Aはクスクスと遠慮がちに笑い始めたが、次第にそれは大きくなっていき、声を上げて笑い始めた。
「前から思ってたけど、貴方って本当に変わってるわね。誰でも知っているようなことは知らないくせに、変なことは何でも知っているなんて。」

Aが落ち込んでいるだろうと思ってそれとなく後を追ってきたが、笑っているところを見て正直ホットした。プロジェクトの責任者とはいえ、格下だと思っているアーティストから引導を渡されては、彼女のプライドが許さないはずだ。

「心配してくれてありがとう。何とも思っていないって言ったら嘘になるけど、大丈夫、仕方ないものね…。」
「すみません。自分の描いたイメージを表現するために、もっと適した人が見つかったというだけなんです。本当にそれだけです。」

ヴォーカルは他のパートのように別の手段でカバーしたり代替することができない。皆が気持ちを高め合って最高のパフォーマンスを求めている中で、妥協を見せたら作品は完成しなくなってしまう。私情を挟むことはどうしてもできなかった。

その昔、Aと知り合った頃、日本人というだけではなく、同郷でもあることがわかり、意気投合したのをよく憶えている。Aはもともと田舎で歯科衛生士として働く穏やかな毎日を送っていたが、ある日たまたまエラ・フィッツジェラルドなどのレコードに出会い、やがて自分もジャズヴォーカルとしてステージに立つことを夢見るようになったという。

何のバックグラウンドもない彼女であったが、一度切りの人生の中で夢に挑んでみたいという思いが日に日に強くなっていき、遂には仕事を辞め、上京してボーカルレッスンを受け始めた。生活費やレッスン料を稼ぐためファミレスでアルバイトなどをしていたが、それだけでは賄いきれず、最終的にはその美貌を生かしてホステスなどの夜の仕事もしていたという。

「自己矛盾に気づいていて、あの頃は毎日のように泣いていた」と言っていたが、それでも色褪せない夢が心を支え続けてくれたという。元々の才能に強い信念が重なったことでAは猛スピードで上達し、レッスン先の先生に紹介してもらった欧州の某有名音大の奨学金オーディションにダメもとで挑戦したところ、数百倍の倍率の中で見事に合格し、留学を果たした。

しかしカラオケレベルから声帯を楽器とする本物のボーカリストになるための勉強や単位認定は想像以上に厳しく、結局、考え方の違いもあり音大を中退することとなった。その後は方々の人脈を辿って、プロとして仕事を得ながら転々とする日々を送っていた。僕がAと知り合ったのも、そうして現場で一緒になったことがキッカケだった。

「私もあの星の一つのように名前で呼ばれるようになりたかった。でも世界に出てみると、本当に凄い人ばかりで、どんどん夢が遠くなっていく気がしたわ。」
昼間の太陽を吸収した砂浜はまだほんのりと温かく、夜の海風がゆっくりとそれを冷やし始めていた。

「何者にもなれなくたっていいじゃないですか。何者にもなれなくても、貴方は自分の歌で、目の前の人を幸せにできることを知っている。それって凄いことですよ。」
僕は本心でそう言ったつもりだが、状況的にあまりフォローになっていないような気がして、少し後悔をした。

「そうね。競争することばかり考えてしまって、音楽の素晴らしさを忘れてしまったのかもしれない。これまで私を突き動かしてきた力の源を、自分でオフにしてしまったってことね。何だかバカみたい。」
Aは数百光年離れたアンタレスの方を遠目で見つめたまま、ゆっくりとした口調で呟いた。ギリシア神話でサソリの心臓とされるアンタレスは、光の瞬きによって本当に鼓動をしているかのように見えた。

「ファーストスターってご存知ですか?」
「ファーストスター?…何それ?」
「この宇宙で一番最初に生まれた星で、太陽の数千倍の大きさがあったと推定されています。ファーストスターは暗闇の宇宙を初めて光で照らし、星の内部では巨大な圧力によって水素とヘリウムから沢山の物質が合成されました。酸素、窒素から、鉄、金、ウランまで、何でもです。」

「ふーん。よく分らないけど、それが何かの始まりだったってこと?」
「その通りです。ファーストスターは大き過ぎるためその寿命は短く、大爆発を起こして崩壊しました。そしてそれらの残骸や、水素やヘリウムが集まって、再び別のところで巨大な星となって生まれ変わりました。」

「つまり、我々の体も、この砂も、海も、空気も、みんな太古の星々の一部であったということです。そして長い歳月をかけて、今見えているもののすべてはカタチを変えながら、また他の何かの一部となっていく。その繰り返しです。」
Aはこちらに顔を向け、海風に流れる髪をそっと押さえながら話を聞いていた。遠くの街灯や貨物船や灯台、それぞれが微かな灯りを持ち寄って、彼女を照らしている。

「そう。私もあの星々も、みんな同じってことね。そんなこと、考えてもみなかったけど。」
彼女は再び水平線の方を向き、それから満天の大空を仰いで宙と一体になった。
我々は途方もない物語の一部であること、その感動を表現する感覚がアーティストには不可欠だ。それが伝われば、彼女はもっと素晴らしい歌い手になるだろう。

「さあ、戻りましょう。きっと皆心配していますよ。」
そう言ったが、彼女はまだしばらく星空を見ていたいと言うので、先に戻ることにした。
「次の仕事はまた呼んでね。変人さんの創る作品をもっと見てみたくなったから。」
Aは満天の星空に向かって、元気な声でそう叫んだ。

あれから随分時が流れたが、彼女は今でも日本を中心に勢力的に活動を続けている。何者にもなれなくていい。決して華やかなステージではなくとも、彼女は名のない星として光り輝き、見るものを魅了し続けている。

(「名のない唄」はこちら
[ 2014/01/09 18:00 ] 雑感 | コメント(6)
ご心配無用ダチョ思いまつ。
≫ 「何者にもなれなくたっていいじゃないですか。何者にもなれなくても、
≫ 貴方は自分の歌で、目の前の人を幸せにできることを知っている。
≫ それって凄いことですよ。」
≫ 僕は本心でそう言ったつもりだが、
≫ 状況的にあまりフォローになっていないような気がして、少し後悔をした。


「あまねサン」が卑屈に感じて後悔スル必要は無いチョ思いまつぉ!
このフォローを後デ噛み締めれば、滲み出る優しさ&お人柄モ
ご友人の「Aサン」なら必ずチョノ真心モご理解ちてるチョ思いまつぉ。

別に「何者にも成れなくてイイ」…( 最終ステージで茶意後に気付く事でつね。
自分の好きな道ヲ、自分の形デ、他者への貢献がチャイコxo〜でちょう(^_^


※ 読者サン始めまして、、、若し宜しければご参考に!( 当たるかは?でつ

「雇用統計」…で金利が3%を切ッテまつが、チョノ内に跳ね上がりまつ。
「安倍」…モ海外出張中でつんで瓦解もチョロチョロでつぉ!
地互いまちて、「1月後半」…のレンポー市場委員会じぇわ、
「FRB・メンバー」…も異論無くテーパ削減に成るチョの見通しでつ。
チョウ成った時には、ドウちゅるのか?

…皆chan相当、困ると思うんデ早目に対策ヲ考慮ちといた方がええでつぉ!
ちゅいマチン。。。偉チョウに!(^_^
[ 2014/01/09 22:41 ] [ 編集 ]
星座
音楽方面は不得手でありますが、天体望遠鏡を持つ親の影響で星座は詳しい方です。世間でこの知識はあまり役に立ちませんが、、、(汗)
しかし、不思議な経歴をお持ちのようですね。ファンドマネージャーというと、株がらみの話が当然多いと思います。
心洗われ、初心に戻れるような話に毎回新鮮に感じております。
[ 2014/01/11 10:36 ] [ 編集 ]
新鮮に感じるのは遠回しに私が主様にアドバイスしてるからなんですよ!

感じませんか?・・・KYだな~!・・・えっ!私がKY!・・・何だ解ってるんですね!

余計なお世話ですが!↓誰かもう一人大事な方忘れてませんか?もう一人肝心な方を!まあ最初で緊張してるんでしょうから大目に見ますけど・・・
[ 2014/01/11 11:24 ] [ 編集 ]
こんにちは。
周様、お休みはごゆっくりお過ごしになられましたでしょうか?

今回は美しい星空、お二人の様子など、映像が目に浮かぶようなお話ですね。ロマンティックに思いました。
周様のお話は、いつも読ませていただいた後に、考えさせられたりもしますが、切なく素敵な余韻が残るように感じます。
一度、どんな方なのかお目にかかりたくなりますね。
ファンになってしまいそうです。もうなっているかも。^^

今年もお忙しいと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。
[ 2014/01/11 13:01 ] [ 編集 ]
実際には何かを目指す人はAのような人がほとんどかもしれません。それでも、自分の中で言い訳をしながら進んでいくのでしょうけど。
認められたいという欲望と、自分のやりたいことをやりたいという欲望が一致した仕事をするのは、難しいことですね。

美しい情景と、人生のわびさびを感じました。
[ 2014/01/11 17:07 ] [ 編集 ]
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
[ 2014/01/15 14:48 ] [ 編集 ]
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
筆者紹介

check 小松原 周 (あまね);

ファンドマネージャー・アナリスト。日本株(東京)や米国株(ウォール街)の経験が長く、取材した会社は5,000社を超える。徹底したリサーチと業績予想に基づき投資判断を行うファンダメンタリスト。

*ブログ記事は、どのような場合であっても個別銘柄の投資判断に関して述べることはありません。

By 管理人:

Macoちゃん♀・x・)

記事の募集

社会全般や政治・経済に関して、記事の寄稿を募集しています。お名前、タイトル、本文を以下のフォームにてお送り下さい。採用・不採用は当ブログへの記載を以ってご連絡とさせて頂きます。

お名前:
メルアド:
タイトル:
本文:

人気記事(当ブログ内)
記事検索